助っ人外国人選手列伝 #027

ロングスローだけじゃない。ミリガンはジェフから3度のW杯へ行った

助走をつけ、タッチラインからゴール前へ放り込む。ミリガンと聞けば、まずあのロングスローが出てくる。でも、それだけで終わらせるには経歴が強すぎる。ジェフに来る前から代表で、ジェフを離れたあとも代表の中心。ワールドカップには3大会出た。そして2026年の今は、オーストラリアでタイトルを獲る監督になっている。

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  1. 上海申花から2010年に加入したオーストラリア代表DF。ジェフでは3季でJ2通算53試合3得点を記録した。
  2. 名物はペナルティーエリアまで届くロングスロー。ただし本職は試合を読める守備者で、W杯には2006・2010・2014年の3大会に出場した。
  3. 2025年からニューカッスル・ジェッツを率い、2025-26シーズンにクラブ初のオーストラリア杯とプレミアーズ・プレートを獲得した。

あのロングスロー、反則みたいに飛んだ

ミリガンがボールを持ってタッチラインへ下がる。そこからペナルティーエリアまで飛ばす。ジェフのセットプレーが一つ増えたような感覚だった。

でも映像を見直すと、面白いのは距離だけではない。相手が分かっていても、ゴール前で一度混乱が起きる。

DATA

基本プロフィール

本名
マーク・ダニエル・ミリガン
原語表記
MARK MILLIGAN
生年月日
1985年8月4日
出身地
シドニー(オーストラリア)
国籍
オーストラリア
ポジション
ディフェンダー/ミッドフィールダー
身長・体重
180cm・78kg
ジェフでの背番号
5・6
ジェフでのリーグ成績
J2 53試合3得点
CAREER

クラブ遍歴

年クラブ国・地域当時のカテゴリー/どんなクラブか
2002–2004ノーザン・スピリットオーストラリアナショナル・サッカーリーグ
シドニーのクラブでプロデビューした。
2004–2005ブラックタウン・シティオーストラリアニューサウスウェールズ州リーグ
地元クラブで経験を積んだ。
2005–2008シドニーFCオーストラリアAリーグ(1部)
Aリーグ初期のシドニーFCでプレーし、代表にも定着した。
2008–2009ニューカッスル・ジェッツオーストラリアAリーグ(1部)
ACLにも出場した。
2009–2010上海申花中国中国スーパーリーグ(1部)
中国からジェフへ完全移籍した。
2010–2012ジェフユナイテッド市原・千葉日本J2
背番号5、のちに6。守備とロングスローで53試合に出場した。
2012–2015メルボルン・ビクトリーオーストラリアAリーグ(1部)
主将も務め、2014-15シーズンのリーグ制覇に貢献した。
2015–2017バニーヤースSCUAEUAEプロリーグ(1部)
中東へ移籍した。
2017–2018メルボルン・ビクトリーオーストラリアAリーグ(1部)
古巣へ復帰し、再び優勝を経験した。
2018アル・アハリサウジアラビアサウジ・プロリーグ(1部)
短期間プレーした。
2018–2019ハイバーニアンスコットランドスコティッシュ・プレミアシップ(1部)
欧州へ渡り、エディンバラでプレーした。
2019–2020サウスエンド・ユナイテッドイングランドリーグ1(3部)
イングランドで一季を過ごした。
2020–2021マッカーサーFCオーストラリアAリーグ(1部)
新設クラブの初代主将を務め、2021年に現役を引退した。
2021–現在指導者歴オーストラリアほかコーチ/監督
セント・ジョージ、マッカーサー、アデレード、マレーシア代表を経て、ニューカッスル・ジェッツ監督へ。

2002–2004

ノーザン・スピリット

オーストラリア

ナショナル・サッカーリーグ

シドニーのクラブでプロデビューした。

2004–2005

ブラックタウン・シティ

オーストラリア

ニューサウスウェールズ州リーグ

地元クラブで経験を積んだ。

2005–2008

シドニーFC

オーストラリア

Aリーグ(1部)

Aリーグ初期のシドニーFCでプレーし、代表にも定着した。

2008–2009

ニューカッスル・ジェッツ

オーストラリア

Aリーグ(1部)

ACLにも出場した。

2009–2010

上海申花

中国

中国スーパーリーグ(1部)

中国からジェフへ完全移籍した。

2010–2012

ジェフユナイテッド市原・千葉

日本

J2

背番号5、のちに6。守備とロングスローで53試合に出場した。

2012–2015

メルボルン・ビクトリー

オーストラリア

Aリーグ(1部)

主将も務め、2014-15シーズンのリーグ制覇に貢献した。

2015–2017

バニーヤースSC

UAE

UAEプロリーグ(1部)

中東へ移籍した。

2017–2018

メルボルン・ビクトリー

オーストラリア

Aリーグ(1部)

古巣へ復帰し、再び優勝を経験した。

2018

アル・アハリ

サウジアラビア

サウジ・プロリーグ(1部)

短期間プレーした。

2018–2019

ハイバーニアン

スコットランド

スコティッシュ・プレミアシップ(1部)

欧州へ渡り、エディンバラでプレーした。

2019–2020

サウスエンド・ユナイテッド

イングランド

リーグ1(3部)

イングランドで一季を過ごした。

2020–2021

マッカーサーFC

オーストラリア

Aリーグ(1部)

新設クラブの初代主将を務め、2021年に現役を引退した。

2021–現在

指導者歴

オーストラリアほか

コーチ/監督

セント・ジョージ、マッカーサー、アデレード、マレーシア代表を経て、ニューカッスル・ジェッツ監督へ。

中国から来た、すでにW杯を知る守備者

2010年、上海申花から完全移籍。加入時点ですでにオーストラリア代表で、2006年W杯のメンバーでもあった。

本人は以前から日本でプレーしたかったとクラブ公式で語っている。J2だから来た無名選手ではなく、代表キャリアの途中で千葉を選んだ選手だった。

JAPAN

日本での年度別成績

年クラブ大会出場得点補足
2010ジェフユナイテッド千葉J2150—
2011ジェフユナイテッド千葉J2291—
2012ジェフユナイテッド千葉J292—

2010

J2

クラブ
ジェフユナイテッド千葉
出場
15
得点
0

2011

J2

クラブ
ジェフユナイテッド千葉
出場
29
得点
1

2012

J2

クラブ
ジェフユナイテッド千葉
出場
9
得点
2

ロングスローだけでは、代表100試合は届かない

対人の強さ、空中戦、試合を読む力。加入時に本人が挙げた長所は、奇抜なロングスローよりずっと本職らしい。

センターバックでも中盤でもプレーでき、オーストラリア代表では80試合に出場した。ロングスローは名刺で、選手の本体は万能な守備力だった。

アーカイブ映像

コーナーキックから決めたジェフでの初得点を確認できる。

2011年 FC岐阜戦 ミリガンの来日初ゴール
アーカイブ映像

タッチラインからゴール前まで届く、名物ロングスローの距離がよく分かる。

ミリガンのスーパーロングスロー

ジェフを出たあとも、ワールドカップへ

ジェフ在籍中の2010年大会に続き、2014年大会にも出場。2006年を含めて3大会のW杯メンバーになった。

ジェフのJ2時代にいた背番号5が、長い代表キャリアの真ん中にいた。ここは酒を飲みながら改めて驚くところだ。

NOW

今どうしてる?

Aリーグ男子トップチーム監督

ニューカッスル・ジェッツ。2026-27シーズンも指揮。就任初年度に国内カップとリーグ首位のタイトルを獲得した。

確認日:2026.08.04公式・関連ページを見る ↗

あれから、ミリガン。

2021年に現役を引退し、指導者へ。2025年5月にニューカッスル・ジェッツの監督となった。

就任初年度の2025-26シーズンにクラブ初のオーストラリア杯とAリーグのプレミアーズ・プレートを獲得。投げる側から、チーム全体を動かす側になっている。

映像を見れば、たぶん最初に笑う

まずロングスローで笑う。次に経歴を見て、3度のW杯で驚く。最後に今の監督成績を見て、もう一度驚く。

ミリガンは、懐かしいだけで終わらない。ジェフを離れてからの方が、さらに長い物語を作った助っ人だった。

次に読む選手

助っ人外国人選手列伝 #0262メートル4センチの8番。オーロイが前に立つだけで、景色が変わった読む →
参考文献
  1. マーク ミリガン選手の加入について ↗

    プロフィール、加入前の経歴、本人コメント

    閲覧日:2026.08.04
  2. マーク・ミリガン 選手データ ↗

    ジェフ在籍中の年度別出場・得点

    閲覧日:2026.08.04
  3. Mark Milligan appointed Newcastle Jets A-League Men’s Head Coach ↗

    2025年の監督就任と契約期間

    閲覧日:2026.08.04
  4. Mark Milligan player and coaching profile ↗

    引退までのクラブ遍歴、代表歴、監督としての実績

    閲覧日:2026.08.04

本記事は公開情報の収集と整理にAIを使用し、情報源と内容を確認したうえで公開しています。