助っ人外国人選手列伝 #028
3試合連続ゴール。アレックスは左から何度でも顔を出した
背番号は3。でも、守って終わる選手ではなかった。2010年のアレックスは左から走り込み、FKを蹴り、気づけばゴール前にもいる。J2で33試合7得点。しかもシーズン終盤には3試合連続ゴール。あの左足は、思っていたよりずっと得点に直結していた。
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- クルゼイロ育ちで、川崎、福岡、柏を経て2009年にジェフへ加入した左利きのサイドプレーヤー。
- 2009年はJ1で22試合、2010年はJ2で33試合7得点。草津戦の直接FKなど、左足で勝点を持ってきた。
- ジェフ退団後も鹿島、徳島、讃岐、鹿児島でプレーし、日本で15シーズンを過ごした。引退後の公的な所属は確認できていない。
背番号3が、3試合連続で決めた
2010年の終盤、アレックスは水戸、甲府、東京Vを相手に3試合連続ゴールを記録した。
サイドバックの番号に見える3番を着けた選手が、昇格争いの終盤で次々に点を取る。そういう少し不思議な楽しさがあった。
基本プロフィール
- 本名
- アレックス・アントニオ・デ・メロ・サントス
- 原語表記
- ALEX ANTÔNIO
- 生年月日
- 1983年4月16日
- 出身地
- ブラジル
- 国籍
- ブラジル
- ポジション
- ミッドフィールダー/サイドバック
- 身長・体重
- 172cm・69kg
- ジェフでの背番号
- 3
- ジェフでのリーグ成績
- リーグ55試合7得点(J1 22試合0得点、J2 33試合7得点)
クラブ遍歴
| 年 | クラブ | 国・地域 | 当時のカテゴリー/どんなクラブか |
|---|---|---|---|
| 2003 | クルゼイロ | ブラジル | セリエA(1部) 名門クルゼイロでプロキャリアを始めた。 |
| 2004 | 川崎フロンターレ | 日本 | J2 初来日。J2優勝と昇格を経験した。 |
| 2005–2007 | アビスパ福岡 | 日本 | J2・J1 左サイドの主力として3季プレーした。 |
| 2008 | 柏レイソル | 日本 | J1 J1でプレーし、翌年ジェフへ移った。 |
| 2009–2010 | ジェフユナイテッド市原・千葉 | 日本 | J1・J2 背番号3。2季でリーグ55試合7得点。 |
| 2011 | 鹿島アントラーズ | 日本 | J1 リーグカップ優勝を経験した。 |
| 2012–2016 | 徳島ヴォルティス | 日本 | J2・J1 5季在籍し、2013年のJ1昇格に貢献した。 |
| 2017 | カマタマーレ讃岐 | 日本 | J2 経験豊富な左利きとしてプレーした。 |
| 2018 | 鹿児島ユナイテッドFC | 日本 | J3 J3準優勝とJ2昇格を経験し、シーズン後に現役を退いた。 |
2003
クルゼイロ
ブラジル
セリエA(1部)
名門クルゼイロでプロキャリアを始めた。
2004
川崎フロンターレ
日本
J2
初来日。J2優勝と昇格を経験した。
2005–2007
アビスパ福岡
日本
J2・J1
左サイドの主力として3季プレーした。
2008
柏レイソル
日本
J1
J1でプレーし、翌年ジェフへ移った。
2009–2010
ジェフユナイテッド市原・千葉
日本
J1・J2
背番号3。2季でリーグ55試合7得点。
2011
鹿島アントラーズ
日本
J1
リーグカップ優勝を経験した。
2012–2016
徳島ヴォルティス
日本
J2・J1
5季在籍し、2013年のJ1昇格に貢献した。
2017
カマタマーレ讃岐
日本
J2
経験豊富な左利きとしてプレーした。
2018
鹿児島ユナイテッドFC
日本
J3
J3準優勝とJ2昇格を経験し、シーズン後に現役を退いた。
すでに日本を知り尽くしていた
ジェフが日本で5クラブ目ではない。クルゼイロから川崎へ来日し、福岡、柏を経て加入した。
日本のサッカーも生活も知っている即戦力。2009年の苦しいJ1と、2010年の昇格争いを続けて経験した。
日本での年度別成績
| 年 | クラブ | 大会 | 出場 | 得点 | 補足 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2009 | ジェフユナイテッド千葉 | J1 | 22 | 0 | — |
| 2010 | ジェフユナイテッド千葉 | J2 | 33 | 7 | — |
2009
J1
- クラブ
- ジェフユナイテッド千葉
- 出場
- 22
- 得点
- 0
2010
J2
- クラブ
- ジェフユナイテッド千葉
- 出場
- 33
- 得点
- 7
FKも、流れの中でも、左足
草津戦の直接FK、甲府戦のPK、東京V戦のゴール。得点の形は一つではなかった。
左サイドを上下するだけでなく、最後の一仕事までできる。33試合7得点は、その器用さをかなり正直に表している。
ジェフのあとも、日本で8年
2011年に鹿島へ移り、翌年から徳島へ。徳島ではJ1昇格も経験した。
その後は讃岐、鹿児島へ。2004年の初来日から2018年の引退まで、日本のカテゴリーを何度も上り下りしながら15季を過ごした。
あれから、アレックス。
鹿児島でJ2昇格を経験した2018年を最後に現役を引退した。
その後の定期的な公式役職や所属について、信頼できる公開情報は確認できなかった。見つからないものを埋めず、長い日本での選手生活までを確実に残す。
左サイドを見れば、だいたいいた
守備の位置にも、FKの前にも、ゴール前にもいた。アレックスは一つの役割に収まらない選手だった。
動画を続けて見ると、2010年の終盤に『またアレックスか』となった感覚が戻ってくる。
関連リンク
参考文献
- 2010ジェフユナイテッド市原・千葉チームリスト ↗
背番号、プロフィール、前所属
閲覧日:2026.08.04 - アレックス 選手データ ↗
ジェフ在籍中の年度別出場・得点
閲覧日:2026.08.04 - アレックス 選手プロフィール ↗
日本国内のクラブ遍歴
閲覧日:2026.08.04
本記事は公開情報の収集と整理にAIを使用し、情報源と内容を確認したうえで公開しています。